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体の痺れがようやく取れた。
身を起こした彼の指には、ひとつの指輪がはめられていた。

「・・これは?」

尋ねる彼に振り向く事無く、リィン ルルは答えた。

「報酬よ」

そっと指輪を外してみる。
少年はその指輪に刻まれた文字を読み、そして畏怖した。
己が未だ唱えられぬ高度な呪文を宿した魔法の品、
ボルタックの店に売り払ったとしても、今回の旅に約束された報酬よりも
さらに高額であることは間違い無い。
あの安酒場で声をかけられたときは、生きて戻れたならそれでいいと、
報酬はあまり充てにしていなかったというのに・・

「・・高度な呪文を宿した指輪・・よろしいのですか?
 このような貴重な物を頂いても」

「高度?
 すぐに覚えるわよ。その程度の呪文なら」

微笑むリィンを遮るように、ド ウル ワトーが苦笑いを浮かべながら
パゥユナに近付いた。

「いらないなら俺様がいただくとするか?
 なあに、売っ払えば幾らかにはなる。
 どうせ俺達には必要の無い代物だからな」

リィンが後を続けた。

「この人がその気になれば、貴方の指共切り取られるわよ。
 いいからもらっておきなさいな」

ふたりは笑った。
パゥユナは少し眉をしかめ、しっかりと指輪をはめると礼を言った。
薄汚れたその指輪を少し磨くと美しい石がはめ込まれていた。
闇の中で、それは微かに光を放っているようでもある。
ヴァーンガルツの大きな手が少年の細い肩を二度、叩いた。

「さあ、もう行くぞ小僧。まだ四階も降りちゃいない」

そう、彼等はまだ迷宮の半分も降りてはいない。
これから先は敵のレベルも格段に上がっていく。
闇の中での一歩は死と、灰とに隣り合わせなのだ。
怪し気な唸り声と血の臭いが立ち篭める暗闇の中、
彼等はまるで地虫の様に、宝を求めて這いずり廻る。
たとえ隠された財宝をみつけようとも、
次の瞬間には、己の体が岩の中に埋め込まれているかも知れぬ恐怖・・

だが、しかし、、

「どうした、休憩にはまだ早いぜ、それとも」

少年は立ち上がった。
拳を握り、唇を突き出し、息をひとつ吐き出した。
身震いが止まった。

「行きましょう。もう平気です」

「ほう、頼もしいな」

ド ウル ワトーは少年をからかいながら巨大なメイスを担ぎ上げた。
リィンはそっとパゥユナに近付き、小声で囁いた。

「あの人たち、貴方の事を気に入ったようだわ」

「私を、ですか?」

少年は少し驚いた様子を見せたが、すぐに険しい表情に戻った。
リィンは、この若き魔法使いが求めているものを感じ取っていた。

強くなりたい。

魔法であっても、剣であっても、
本当の強さ、本物の凄みは実戦でしか養えない。
彼、パゥユナもその事を知っていた。
だからこそ、この荒くれたパーティーの一員として迷宮に旅立つ事を
決意したのである。
ヴァーンガルツのパーティーならば、かなりの深部まで到達できる、
彼はそう父から聞かされていた。

彼の父はかつてワードナ討伐隊として冒険に明け暮れていた。
名を馳せた父であったが、地下迷宮の奥深くに消え去った。
彼は父の遺志を引き継ぎ、この暗闇への一歩を踏み出したのである。

「強くなりたいのです・・あの人のように」

「御父上の事ね」

リィンが優しい眼差しで答えた。
酒場で聞いたその名前は有名な魔法剣士であった。

「いいえ」

パゥユナは素っ気無く答えた。
口元に少し笑みが零れた。

「レン パゥユナといえば高名な魔法剣士で・・」

そこまで言うとリィンは黙った。

違う、、
この少年の目指す者は彼の父親ではない。

彼が握りしめた手の中には、あの偉大なる魔導師ワードナの印があった。


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