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指先が空を斬り、見開いた目が少し、笑った。
リィン ルルが呪文を詠唱し終えた瞬間、勝負はついた。

薄汚れた異教徒は切り捨てられ、悲鳴をあげる怪物共は
瞬く間に、醜い肉塊となっていく。
闇に響き渡る断末魔はやがて、事切れた。

「小僧っ、もういいぞ  出てこい」

屈強な戦士が呼び掛けると、青白い顔をした少年が岩の陰から
そっと身を乗り出した。

「死にましたか・・怪物共は」

ほんの数時間前、初めてこの地下迷宮に足を踏み入れた若き魔術士は
怯えた様子で一歩踏み出した。
唸りも絶え、累々と横たわる屍体。
地面を一歩ずつ確かめるように戦士に近付いた。
闇と、血と肉の焦げた恐ろしい匂いが彼に恐怖を蘇らせる。
ヴァーンガルツは笑って答えた。

「おまえの呪文が効いたからな。
 奴ら、眠さで動けなくなっちまったようだ。」

「半分はな」

巨漢の僧侶が苦笑した。

「もう半分はリィンが止めた」

ド ウル ワトーは血塗れのフレイルを無造作に置くと、屍の山に
祈りを捧げる。

「哀れなる怪物共よ、その身を呪え。
 この世に生を受けるなら、
 次はハーフエルフのいい女になるんだな」

「ならカドルトの慈悲を、僧侶様」

リィン ルルは遺された木箱を確かめながら少しおどけてみせた。
腕の良い盗賊と違い、呪文で罠を調べるのだ。
危険だが価値のある作業である。彼らはこれが仕事であった。
施された罠を解くのは盗賊達の仕事だが、馴染みのホビットは
前回の旅で引退してしまった。

「・・掛金から細工がしてあるわ。小さな矢が四本、
 それに・・呪符が一枚、パゥユナ、貴方に効きそうね」

メイジブラスターはレベルの低い魔術士にはかなり効く。
高度な言語なら石化すらあり得る悪意に満ちた罠である。
パゥユナと呼ばれたこの少年はまた岩陰に隠れようとしたが、
ヴァーンガルツが無造作に木箱をこじ開けた瞬間、
恐ろしい気配と共に何かが少年に入り込み、そのまま彼は動けなく
なってしまった。
傷だらけの鎧に刺さった矢を払うと、ヴァーンガルツはリィンを促した。

「さっさとこの小僧を楽にしてやりな」

「可哀想に・・貴方、この坊やに恨まれるわよ」

「いいから、リィン。それよりこの封を切るのが先か?」

ヴァーンガルツが戦利品の蓋を開いて見せる。
木箱の中には矢を吹き出す粗末な仕組みと破れた呪符、
そして封が施されている革製の小箱がひとつ。
これもどうやら某かの魔法で封印されているらしい。
ヴァーンガルツが触れようとすると火花のような物が吹き出てくる。

「ふん、珍しい封印ね。噂には聞くけれど初めて見たわ」

リィンはしばらくつぶやくと、やがて静かに封印に触れた。
すると、不思議な事に金具と思しきそれは、あたかも生き物の如く
小箱から離れ、やがて二枚の金貨になった。

「クリーピングコインよ。  大丈夫、もう動けないわ」

リィンが小箱をそっと開けると闇の中で何かが光った。

「呪文が刻んであるわね・・・・マカニト・・」

それは、多くの敵を死に至らしめる高度な呪文を
封じ込めた、小さな銀の指輪であった。
魔術士でなくとも呪文を封じ込めた指輪を持つ者は、その魔力を
使う事が出来るのだ。
だが本来、高度な魔法を秘めた宝はかなり深い場所でなければ
見つからないはずだ。
魔物が封印を解き、地上近くまで這い出してきているのか、
それとも息絶えた戦士達の置き土産か・・

ヴァーンガルツは少し訝し気に指輪を見つめながら、
屍の横でフレイルを磨くド ウル ワトーに尋ねた。

「窒息の指輪だ、ド ウル ワトー、
 ボルタックに売り払えばいくらになる?」

「ふむ、そいつならきっと・・」

言葉を遮るようにリィンが言った。

「この指輪は坊やにあげるわ。初めての戦いの御褒美よ」

リィンは少年の頭を撫で、治癒の呪文を詠唱した。


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