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夕暮れのギルガメッシュは騒乱の場である。

街の中央に構えられた店は古い石造りの酒場だ。
おんぼろなテーブルや椅子が無造作に並べられており
旅立つ者、仲間を探す者、戦いから帰還した者たちで溢れかえっている。
酒場の片隅では怪し気な占い師が水晶玉を覗き込んでおり、
若い剣士が強張った面持ちで助言を聴いている。
命懸けの旅の吉凶を占う者は後を断たない。
給仕達は忙しそうに酒や食事を運んでいた。
何の肉かは判りはしないが、とにかく腹を満たすために
戦士達はひたすら飲み、喰らう。
焼けた肉の香りと酒臭い息が熱気と共に噎せ返る。
戦利品目当ての街娼も乗り込み、夜が深ける頃には乱痴気騒ぎだ。

「魔女が戻ってきたぞ」

騒々しい酒場が静まり返った。
同時に扉が開き、一人の女が入ってきた。
輝くティアラ、金色の髪、闇をも吸い込む漆黒のローブ、
手には銀に光る革袋を持ち、剣と思しき包みを背負っている。
透き通るような白い肌には所々某かの血と煤がこびりついていた。
彼女こそは数少ないワードナの弟子として名を馳せた氷の魔女。。

「奴の目を見るな」

美しいルビーのようなその瞳は、しかし右の目だけであり、
左の瞳はまるで闇の奥を見透かすかのような深い紫であった。

「水だ。それから・・」

魔女と呼ばれたその魔導士は給仕の若い娘に紙を差し出した。
細かいレシピが書き留めてあるようだ。
給仕の娘は頷くと調理場に向かった。
薄暗い店の中、彼女のテーブルだけが輝いて見える程に
後から運ばれた食事は非常に豪華な物であった。
食事の最中に大柄な男が声をかけてきた。

「いい獲物が手に入った様だな」

「あんたに扱えるかどうかは判らないけどね」

床においてあった包みを徐に開けると、そこには古めかしい剣が二振。
彼女は一振を手に取ると、静かに宙に掲げた。

「ブレイド カシナート、5000!」

地下迷宮での戦利品は小さな金貨一枚から幻の鎧まで様々である。
皆それらの宝を求めて命懸けの冒険に挑むのだ。
さほど価値のない品物はボルタックという商店に売り払うわけだが、
仕入れ値の倍もの売り値を付けるその遣り口の評判は良くない。
暴利を貪る商人を相手にするよりも直接剣士に売る方が稼げるのは確かだ。
しかし、普通は数人でパーティーを組み、優れた武器は各々の持ち物として
重宝されるものなのだが・・

この女魔導士はたった独りであの地下迷宮の奥底深く潜り込み、
魔物を相手に戦い続けているのだと聞く。
全ての戦利品は彼女の報酬となり、莫大な財宝を手にしているのだとも・・

「5500!」

すぐさま別の男が声をかける。
競りが始まるのだ。
生半可な剣では見向きもされないが、彼女の持ち込む武器はどれも一級品なのだ。
ブレイド カシナート、名匠カシナートの鍛えた名剣。ボルタック商店なら15000・・

「6000」「6200!」「7・・」

この調子なら12000あたりまでは値が上がるだろう。
彼女は剣を床に突き立て食事を続けた。

「11800でケリがついたぜ、姐さん。9000はある、残りは石で頼む」

テーブルに投げ出された革袋には金貨、そして宝石が幾つか。
レイナは頷くと次の剣に手をかけた。

「銘なきサーベルだ。善い子は黙ってな」

それは禍々しい力を秘めた剣、悪のサーベルであった。
善なる属性を帯びた者がこのサーベルを装備すると呪われてしまう。
滅多にお目にかかれないこの剣には、酒場に来ていた商売人も目の色を変えた。

「16000!」「18000でどうだ!」「2・・」

最後は騒ぎを聞き付けたボルタック商店の小間使いが28000で引き取った。
騒ぎは収まり、レイナ アッシュはまた静かに食事を続けた。
新鮮な魚を盛り付けた皿には数種類の薬草が添えられている。

「酒は飲まないのかい、姐さん」

テーブルの向いに男が腰掛けた。

「ここの酒は体に悪いからね」

「もっともだ」

男はそう答えて笑うとジョッキの酒を一気に飲み干した。

「久しぶりだな、レイナ アッシュ」

紫の瞳が輝いた。口角が一瞬笑った。常人では考えられない早さで詠唱が終わる。

「冗談は御勘弁。今夜は商談だ」

一瞬の酸素消失にも耐え、この男は彼女に向かって微笑みかける。

「息を止めてた」

レイナ アッシュは呆れた様子で男をみつめた。

「燃やしたほうが良かったかしら・・何の用?」

偉大なる師、ワードナについては何も答えられない。
それは彼女が屈辱的な拷問を受けたあの日から変わってはいない。

「なまくら剣ばかり拾ってきてもつまらんだろう、、
 俺たちと本物の武器を探しにいかないか?」

「本物の・・武器?」

そう、武器だ。
男は彼女の耳元でその名を告げた。

「刀、ムラマサ ブレイドだ」

静かに立ち上がったレイナは食事の代金とチップを置いた。

「面白そうな話ね、でも・・
 私と一緒に潜ることができるのかしら?」

男は剣に手をかけた。

「試してみるか?」

「いいわよ、ヴァーンガルツ。手加減はしないわ」

二人は店を出た。
満月が二人を照らし出していた。


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